2012年11月9日金曜日

速報!! 2013年11月 バーナード・ショーが初登場! ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の原作 ピグマリオン

速報!
2013年11月
バーナード・ショーが初登場!乞うご期待!

2013/2014シーズン
[JAPAN MEETS・・・ー現代劇の系譜をひもとくー]Ⅷ

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の原作

ピグマリオン

Pygmalion
by Bernard Shaw

作:ジョージ・バーナード・ショー
翻訳:小田島恒志
演出:宮田慶子

新国立劇場
中劇場

『ピグマリオン』と、それを書いたバーナード・ショーに関するいくつかの覚え書き
>>『ピグマリオン』Story
ロンドンの下町に住む花売り娘イライザは、ひょんなことからヒギンズ教授と出会う。音声学の権威で、言語学者の教授は、イライザのひぢなまりや粗暴な態度にあきれ、私にかかれば上流階級のレディのように仕立ててみせると豪語する。
翌日、イライザはヒギンズ教授を訪問する。教授と友人のピッカリング大佐は、彼女を舞踏会デビューさせ、出身をうまくごまかせるかどうかの賭けをし、家に住まわせて面倒をみるのだった。過酷なレッスンを経て、見違えるようなレディに仕上がったイライザは、見事舞踏会で大成功をおさめるのだが・・・・・・。

シェイクスピア以来の英国近代演劇の確立者
バーナード・ショー(George Bernard Show・1856-1950)
英国を代表する劇作家にして、小説家、音楽批評家、劇評家、社会主義者、そして名だたる菜食主義者。生涯で長短50余りの戯曲を書き、英国では現在でもシェイクスピアに次ぐ上演回数を誇る。その戯曲は、世界や人生の差し迫った問題を扱いながら、英国の伝統的な喜劇の技巧により処理しているところに特徴がある。1925年、ノーベル文学賞を受賞、最初は固辞していたが、賞金を寄付するという条件で受賞する。ウィットに富む皮肉屋、毒舌家、諷刺家としても知られ、数多くの名言を残しているので、「誰が言ったのか分からない格言は、ショーが言った格言だ」と言われているほど。晩年は、単なる劇作家でも文明評論家でもなく、聖者、賢人の風格を帯びた英国の至宝となり、彼との握手を求めてショー詣でをする人々が欧米から集まったという。
『ピグマリオン』のほか、主な戯曲に、『シーザーとクレオパトラ』『人と超人』『聖女ジャンヌ・ダルク』など。

美術に登場するピグマリオン
ピグマリオン神話を題材にした美術もよく知られている。例えば、英国絵画の巨匠バーン=ジョーンズの『ピグマリオンと彫像』と題した4枚の絵。それぞれ「恋心」「心抑えて」「女神のはからい」「成就」と題され、彫像から人間に変わる神話の流れに沿った4連作だ。(バーミンガム美術館蔵)
また、フランスのアカデミック絵画の大家、ジャン=レオン・ジェロームは、『ピグマリオンとガラテア』を描いている。こちらはピグマリオンがまだ下半身が彫像(のように見える)のガラテアに接吻する場面だが、同じシチュエーションでガラテアの背中側と、正面からと、2枚の作品が残されている。(ニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵)

ピグマリオンの神話
「ピグマリオン」はギリシャ神話に登場する古代キプロス島の王。彫刻家でもあるピグマリオンは、現実の女性に失望していたが、あるとき理想の女性を彫刻するうちに、その象牙の彫像ガラテアを愛してしまう。朝に夕に話しかけ、心身が衰弱するほど苦悶するピグマリオン。ついに彫像が人間になることを愛の女神アフロディテに願うと、彫像は生命ある女性に変身し、2人は結婚して、幸せに暮らした。ピグマリオンは女神に感謝して、各地の神殿に女神の彫像を残したという。
この神話をベースに、バーナード・ショーの『ピグマリオン』は生まれ、1913年ウィーン、1914年ロンドンで初演された。

ミュージカル化に反対
ショーの生前には上演されなかった
1956年3月にブロードウェイで初演、6年6か月(2,712回)にもおよぶロングラン公演となり、その後も度々上演されている『マイ・フェア・レディ』だが、原作者のショーはミュージカル化には反対だった。いわく「この戯曲自身の音楽性で不十分というのなら、君の友人たちはよっぽど才能があるに違いない。モーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』でもやればいいじゃないか」という有名な言葉が残っている。つまり、『ピグマリオン』の戯曲の台詞の流れそのものが十分音楽的であるのに、わざわざ音楽など付け加える必要はない、というショー一流の皮肉をまじえたものだった。
が、間もなくショーは亡くなり、新たなプロデューサーのもと、ショーの死後6年後にミュージカル化が実現した。主役のイライザには、当時新人だったジュリー・アンドリュースが起用された。日本では、1963(昭和38)年、日本初のブロードウェイ・ミュージカルとして上演され、今日でもたびたび上演されている。また、オードリー・ヘップバーン主役で1964年に映画化され多くの人に今も愛されている。

新国立劇場
『ディア・ライアー すてきな嘘つき』にショーが登場
1998年11月、宮田慶子演出で、江守徹・市原悦子の二人芝居、「バーナード・ショーとミセス・パトリック・キャンベルの往復書簡による」と副題のついた『ディア・ライア』(ジェローム・キルティ作)が上演された。その副題どおり、40代もなかば近くになったショーが、9歳年下のスター女優ミセス・パトリックに1通の手紙を送る。その手紙は1度で終わらず、結果的には彼女が亡くなるまでの40年間にわたるが、初めての手紙から10数年、ショーはついにミセス・パトリックを主役にした傑作戯曲を書く。それが『ピグマリオン』主役イライザを演じるパトリック・キャンベルは、そのときすでに49歳になっていたが、彼女はこう言った。
「物語の中ではイライザは10代の設定だが、彼女は私そのもので年とは関係ない。ショーは私を良く観察している」
2人の書簡集がもとになっているが、『ピグマリオン』のエピソードでは、イライザとヒギンス教授の出会いなどが劇中劇として登場するなど、興味深いシーンがいくつも登場するなど、洒落た趣向の舞台だった。

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