2012年11月16日金曜日

毎日新聞・東京朝刊より「特集:第81回日本音楽コンクール 講評 期待膨らむ新星」

毎日新聞・東京朝刊より「特集:第81回日本音楽コンクール 講評 期待膨らむ新星」
毎日新聞 2012年11月16日 東京朝刊
 
 第81回日本音楽コンクール(毎日新聞社、NHK共催、特別協賛=三井物産、協賛=岩谷産業、協力=東京オペラシティコンサートホール、トッパンホール)が8月24日から10月28日まで2カ月にわたって行われ、若い才能が花開いた。クラリネット、声楽(歌曲)、トランペット、作曲、バイオリン、ピアノの6部門(本選順)の審査員の講評と、本選の採点表を公表する。採点は、声楽と作曲は本選の点数のみ(最高点ひとつと最低点ひとつをカット)、他部門は本選の点数と最終予選の60%の合計(同)で行われた。(敬称略、同位と入選は演奏順)
 
 ◆クラリネット
 
 ◇もっとスイング感を
 
 クラリネットは、ようやく安定期に入ったようだ。順位を決めても「え、あれで1位」と言われたりした時代に比べると161人から本選に進んだ4人は誰が1位になっても文句なしの奏者。モーツァルトの課題が若者に品格やエレガンスを要求して、少し勇気を失わせたが、4人の能力は拮抗(きっこう)、興味深い本選となった。
 こうなると奏者の順位より審査員の評価内容の方で、審査員が日本のオーケストラ界の各首席または大学関係者の集まりとなっており、個性を求めることはその審査にも要求される。
 1位の川上一道(いちどう)は全体を大きくまとめて票を集めたが、喜びを示すスイング感のようなものが不足。2位の勝山大舗(だいすけ)はアイデアがありすぎ主張が散漫に。この人が1位になってくれたらと感じた太田友香(ゆか)は、フレーズのなめらかさ、音質の良さなど、感性を特に感じたが、作り出すものがいつも小さめ。(村井祐児)
 
 ◆トランペット
 
 ◇技術の向上、感じた
 
 トランペット部門の開催は3年ぶりになります。
 今回は161人の応募がありました。第1予選の「ハイドン・トランペット協奏曲第1楽章」は、音域の幅、音楽性を問われる曲で、第2予選に20人が進みました。第2予選ではピッコロトランペットの課題で、高音がいかに出せるかを判断する「テレマン・トランペット協奏曲第1楽章」でしたが、今回はほとんどの人が無難に吹いていました。3年前と比べるとかなりの進歩を感じました。第2予選は選択曲と無伴奏曲もあり、6人が本選に進みました。本選の課題曲はピアノ伴奏で「ハイドン・トランペット協奏曲」全楽章と、「ジョリヴェ・トランペット協奏曲第2番」の2曲でした。まず、ハイドンを全員で演奏し、その後にジョリヴェを演奏します。2曲で約30分はトランペット奏者には過酷かもしれませんが、全員が完奏しました。
 日本のトランペット界の技術の向上を感じたコンクールでした。(津堅直弘)
 
 ◆バイオリン
 
◇音と表現力、豊かに
 
今年は129人と多くの参加者があり、全体のレベルも高く、予選から本選まで、緊張感のある中での審査が続きました。第1予選から完璧な演奏で本選に進んだ5人は、本選でも素晴らしい演奏をしました。1位の会田莉凡(りぼん)は非常に美しい音と豊かな表現力でバルトークのコンチェルトを弾ききりました。第3予選でのバッハが大変優れた演奏だったことも付け加えます。周防亮介も完璧な演奏でしたが、いささか表現が単調だったのが惜しまれます。坪井夏美も完成度の高い、好感の持てる演奏でしたが、音色の変化がもう少しあれば良かったと思います。入選の大江馨は、素晴らしい技術と音楽性は十分に感じられましたが、少し音が聞こえづらかったのが残念でした。宮川奈々は、とてもセンスのある演奏でしたが、もう少し確実な技術と、表現に大胆さが欲しいと思いました。4時間もの長い本選会を、素晴らしい演奏でサポートしていただいた東京交響楽団に感謝します。(徳永二男)

 ◆作曲

 ◇個性強く評価拮抗
 
作曲部門は管弦楽曲。応募44点から譜面による1次審査で14作品に、2次審査で4作品に絞られた。本選は渡辺一正指揮東京フィルハーモニー。積極的で真摯(しんし)な好演を、まずたたえたい。江原大介は過去に2度の入賞経験を持つ。「マナ」は緻密で濃厚なスコア。オーケストラを2群に分けたコンセプトの説得力がやや弱い。大胡恵(だいごけい)も入賞経験が2度。「親和性によるグラデイション第4番」の練り上げは強固で、主張もよく分かる。持続へのこだわりをより強く持ってほしかった。平川加恵(かえ)の「降る、降る、降る」の明確な視座は見事。音楽が常にディレクション(方向性)を具備していることがすばらしいが、それは聴き手の予測をある程度許すことでもある。藪田翔一「Flow」の細密画のようなスコアには感嘆。しかし、やや書きこみすぎたか。快記録−−彼は4回連続の2位だ。
 4作とも作曲者のポリシーが極めて堅固で、評価は拮抗。それは、別掲の採点表に明らかである。(池辺晋一郎)

 ◆ピアノ

 ◇意欲満ちた演奏多く
 
ピアノ部門は各ラウンドで意欲に満ちた演奏が多く聴かれ、今年のレベルの高さを強く感じました。若い諸君たちだけに練習曲や近代音楽のピアニスティックな扱いに特に長所を発揮していましたが、表現の美しさや楽器の響きを味わえる演奏も少なからずありました。他にも例えばベートーベンの持つ構築性、バッハの対位法へのアプローチ、モーツァルトの多面的な表情の捉え方、ロマン派の大曲にも臆せず挑戦する姿など、毎回大きな力を受け止めた思いです。本選では今年初めて登場したラフマニノフの協奏曲第3番を果敢に弾き切った反田(そりた)恭平と、プロコフィエフの音楽の特徴をわしづかみにして稀有(けう)な集中力でオーケストラをも巻き込んだ務川慧悟(けいご)のより若い2人が支持を多く集めて、1位を分け合いました。第3予選でそれぞれロマン派の豊かな世界を披露した江沢茂敏や吉武優ほかの音楽仲間たちと共に、世界レベルを目指して更に精進してもらいたいと心から願っています。(植田克己)
 
◆声楽

 ◇発声の研究、重ねたい
 
今年は歌曲の年でしたがいろいろと考えさせられました。オペラアリアの場合も声だけでなく、いかに表現力が豊かであるかということが不可欠ですが、特に歌曲はアリアのように心情を語るのではなく、美しい詩の言霊を豊かなそして繊細な感性でもって語らねばならないのです。豊かな表現力で詩を語るためには、鍛錬された自然な発声ができていなくては困難です。西洋の音楽を歌うには日本語を発音する場所があまりにも浅くて狭いため、声の響きのポジションが大変低くなりますから、まず、そのことをテクニックとして解決しなければなりません。
 今回、日本語の歌詞が不明瞭なため、素晴らしい日本歌曲の詩の心を美しい響きで伝えてくださる方が少なかったのは大変残念に思いましたが、感性の豊かさとは別に、やはり発声の問題も大きな原因のひとつと感じました。美しく言葉を、心を伝えるためにも、もっと真剣に声に対して研究する必要があると深く考えさせられました。もちろん、精神面の修養と共に。(松本美和子)
==============

 ◇各賞受賞者
 
<増沢賞、レウカディア賞、黒柳賞、鷲見賞>
会田莉凡(バイオリン)

 <野村賞、井口賞、河合賞>
反田恭平(ピアノ)、務川慧悟(同)

 <明治安田賞>
平川加恵(作曲)

 <E・ナカミチ賞>
川上一道(クラリネット)、篠崎孝(トランペット)

 <三宅賞>
なし

 <木下賞>
なし

 <コンクール委員会特別賞>
三又瑛子(あきこ)(バイオリン部門のピアノパートナー)、古川まりこ(クラリネット部門のピアノパートナー)

 <岩谷賞>
太田友香(クラリネット)、松原友(声楽)、籠谷春香(トランペット)、平川加恵、周防亮介(バイオリン)、反田恭平

0 件のコメント: