朝日新聞の記事から
山本健一・演劇評論家
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「知的イメージが彩る迷宮
チェーホフはいかにして故郷から、古いロシアの世界から旅立ち、リアルに近代を見つめる作家となったか。
タニノクロウ作・演出のこの作品は、絵画のような視覚美と、知的イメージに彩られた初期チェーホフ論だ。手掛かりが少なく、どこがチェーホフ?と抵抗を覚える人もいようが、めまいに似た夢を見るようで楽しい。
制作資料によれば監修者である鴻英良(おおとりひでなが)が翻訳した、チェーホフの医学博士論文が発想の根っこ。「曠野(こうや)」「かもめ」「黒衣の僧」「グーセフ」などの作品も参照している。実験作というか、せりふや筋に頼らないのが潔い。
1幕は「曠野」に描写された大草原を思わすメルヘン影絵調の世界。生演奏と、毬谷(まりや)友子の歌唱力もあり、悲しくも美しい自然の調べが流れる。チェーホフ少年(マメ山田)が、故郷の草原と森と伝説の中をさまよい歩く。魔女(篠井英介)に誘われ何重もの幕(虚構)の中に引き込まれる冒頭場面は、迷宮入りの入り口のようだ。
2幕は対照的に、病院の無機質な白が基調。医師チェーホフが、医療の場から近代ロシアと人間の運命をどうとらえたか。毬谷や手塚とおるのデフォルメした姿とマジックも交えた動き、老婆役の欗妖子(らんようこ)のペーソスとで滑稽に表現する。タニノが自分の体験を生かした病棟場面なぞ、イメージ豊か。殺虫灯に焼き殺される虫は「かもめ」か。南海での水葬を描いた「グーセフ」の世界を、冷蔵庫の凍死体に置き換える飛躍には感服した。
人はどう成長し、どう生きたらいいのか。少年チェーホフがそれを示唆する。ただ、舞台全体がタニノの端正なカルテのようで、現代の観客席になだれ込んでくるイメージの侵犯力は弱い。美術は田中敏恵。
2月1日まで。東京・池袋の東京芸術劇場小ホール1。
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