2012年7月8日日曜日

演劇評論 日経新聞夕刊より 新国立劇場「温室」 編集委員:内田洋一

2012.7.4 日本経済新聞 夕刊
演劇欄
新国立劇場「温室」
編集委員:内山洋一
非常に参考になる内容なので参照させてもらおう。
「私はあなたを愛している。セリフにそうあれば、まずは愛情を信じるのが芝居の常道。ところが7年前にノーベル賞を受賞したハロルド・ピンターの不条理劇では、これが成り立たない。セリフにウソがはりめぐされ、何が本当かわからなくなる。
 国家が管理する収容所で起きた患者の死亡事故とあってはならない出産。疑惑をめぐり、ルートという上官とギブズという部下がハラを探りあう。ウソを暴く人間が裏でウソを捏造(ねつぞう)する世界。
 客席にはさまれた舞台は両端にミラーがあり、回転する。赤で統一されたソファーや机、宙づりになった拡声器があるだけ(池田ともゆき美術)。明確な転換はなく、次々と場面は移り変わる。角度を変えて檻(おり)の動物を見るようだ。外は雪。異常に暑くなるこの人間の檻は目に見えない監視者のまなざしにさらされ、回り続ける。演出の深津篤史は、殺意を見え隠れさせ、2時間弱の不気味な時間を刻む。
 患者を番号で呼ぶ管理社会の退廃と恐怖をつかまえるのがいかにも難しい。1958年に書かれながら初演は22年後。ピンター作品の中でも筋金入りの難解作。感情を殺した音読から深層心理をつかまえる深津の演出術は演劇界でとても貴重だ。が、それをもってしても、すくいきれない底意地の悪さが戯曲にある。劇の構造を縁取る喜劇の軽快さをもっと。期待される演出家だけに課題としてほしい。
 その点、ルートの段田安則が目をひきつける。演技の計算と喜劇の呼吸が溶け合っているのだ。ギブズの高橋一生はうわずった声色で、いんぎんさと君の悪さを出した。セクシーな小島聖、エキセントリックな山中崇も面白い。喜志哲雄訳。16日まで、新国立劇場小劇場。」
的確な批評となっている。

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