2012年1月15日日曜日

演劇講座 シリーズ「日本の劇」Ⅴ 「否定のエネルギーが生み出したもの」

平成24年1月13日(金)

新国立劇場
マンスリー・プロジェクト 2012年1月
18:30~20:30
オペラパレスホワイエ


演劇講座 シリーズ「日本の劇」Ⅴ
「否定のエネルギーが生み出したもの」


講師:ふじたあさや(劇作家・演出家・昭和音楽大学客員教授)
ゲスト:流山児祥 (演出家・劇作家・俳優)


新劇を否定し、演劇の新しい地平を目指す、60年代の演劇革命。
後にアングラという言葉でくくられることになる彼らの試みは、破壊のエネルギー
に満ち満ちていた。彼らは何を破壊し、何を受け継ぎ、何を生み出したのか?


プロフィール
ふじたあさや
1934年、東京生まれ。早稲田大学文学部演劇科在学中に『富士山麓』(福田善之合作)で劇作家デビュー。新劇、児童劇、ミュージカル、オペラ等で劇作家・演出家として活躍。劇作の代表作『日本の教育 1960』『さんしょう太夫』(斉田戯曲賞受賞)等、脚本演出の代表作「しのだづま考』(芸術祭賞受賞)『ねこはしる』(脚色)等、演出の代表作『うたよみざる』(芸術祭賞受賞)『羽衣』等がある。各地の地域演劇に貢献、ロシア、中国、韓国等でコラボレーションを経験。また、演劇関係諸団体役員を歴任。現在NPO法人KAWASAKIアーツ理事長。昭和音楽大学客員教授。川崎市文化賞受賞。
流山児祥(りゅうざんじ しょう)
流山児★事務所代表。演出家・劇作家・俳優。日本演出家協会副理事長。
1947年生まれ。状況劇場、早稲田小劇場を経て、1970年「演劇団」を旗揚げ、1984年小劇場界の横断的活動を目指すプロデュース劇団「流山児★事務所」を設立。“第二次小劇場世代”のリーダーとして30余年を疾走し、演出作品は前人未到の250本に迫る。数多くの話題作を国内外で演出し、国際的に高い評価を得る。最近は中高年劇団=楽塾、高齢者劇団=パラダイス一座による「シルバー演劇革命」を実践し話題を集める。「演劇の持つ自由さを追い求め「世界」を飛び廻る「アングラの帝王」」。


Ⅴ 否定のエネルギーが生み出したもの


●明治以来現代劇を確立しようと努力してきて、ようやく市民権を得るところまできたのが、1960年代。達成したことの一つは「リアリティーの確立」、一つは「経済的自立」。それは<マスコミへの依存><労演などの鑑賞組織への依存>によって得られたものだが、それは同時にある種の退廃をもたらした。会員が増えるようなレパートリーを要求されれば、定評のある作品の再演に走る、マスコミで売れるスターの実演に走る、実験的な作品よりは大衆的な支持の得られる作品に走る、おまけに到達したはずのリアリティーは<何々的リアリズム>というまがいものだった。それが新劇なら、新劇なんて打倒するべきものだと考える人が出てきても当然だった。
●露払いの役割をしたのが、民芸から生まれた「青芸」と結びついた福田善之、観世栄夫、林光らの活動、ぶどうの会の否定的な発展といえる「変身」での竹内敏晴の活動、NHKが生みの親である「三十人会」によってたった秋浜悟史、ふじたあさやの活動。でもこの段階で彼らは、新劇の枠組みのなかで批判的な動きをしていたに過ぎない。
●それが突き進んで、新劇そのものを否定する、新劇の体制そのものに異議申し立てをする動きを示したのが、アングラ四天王と言われた人たち。唐十郎、佐藤信、鈴木忠志、寺山修司。ちょっと遅れて蜷川幸雄。
●『19歳で佐藤信に出会い20歳で唐十郎に師事し、21歳で鈴木忠志の研究生になり、23歳で寺山修司と出会ったアングラの子ども』流山児祥さんにこの皆さんとの出会いを語っていただこう。


流山児氏トーク

トークの中で触れるか、トーク後ふれたいこと
●彼らは戯曲優位、演出家中心のヒエラルキーを壊した。身体性の復権。言葉からの解放。
●また観客席と舞台が二分した劇場という空間も疑った。どんなところでも演劇はできる。舞台装置も飾れない小さな空間でも芝居はできる。となると演技が変わらざるをえない。街頭まで演劇空間にすればなおさら。
●観客の予想を裏切る展開、ただならなさ、おどろおどろしさ、時にいかがわしくスキャンダルであったりする表現で、観客の日常性をこわす。そこにドラマを見出そうとした。
●演劇の啓蒙性を否定しようとした。
●新劇が持っていた政治性(共産党・社会党寄りの)からの脱却。


サンプルとして見ていただきたいDVD
鈴木忠志『トロイアの女』 寺山修司『レミング』(寺山インタビュー) 清水・蜷川『真情あふれる軽薄さ』


●アングラは現代演劇に何をもたらしたか。新しい観客の拡大にともなって、多様な表現の演劇が可能になった。リアリズムこそが唯一の方法だとする誤った思い込みを払しょくすることができた。新劇が持っていた劇作家・演出家中心のヒエラルキーが相対化された。演劇はどこでもできることが証明された。一面的な政治性から解放された。新劇界内部にも変化が生じた。
●これは演劇革命だったといってよい。
●60年代後半に始まった運動としてのアングラは、70年代後半には終焉する。終焉などしていないという考え方はあるだろう。が、あちらでもこちらでも同じことを考えていた時代は、その辺で終わる。個々にアングラの志を継いでいるように見える人はいる。流山児さんは多分その一人だろう。

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