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2012年11月12日月曜日

新国立劇場 演劇講座 ミラー・アメリカ・20世紀、そして21世紀

平成24年11月10日(土)
18:00~19:45

新国立劇場 小劇場
 
 


マンスリー・プロジェクト 11月

演劇講座
ミラー・アメリカ・20世紀、そして21世紀

講師:水谷八也(翻訳家・早稲田大学教授)
    黒川陽子(劇作家)

アーサー・ミラーは『セールスマンの死』『るつぼ』で、20世紀半ばのアメリカを描いたことで知られているが、21世紀からとらえ直すと何が見えてくるのだろうか。
晩年の作品も含めてミラーの目に映ったものを検証する。

<講師プロフィール>
水谷 八也(みずたに・はちや)
学習院大学大学院人文科学研究科修了。現在、早稲田大学文化構想学部教授(文芸・ジャーナリズム論系)。共編著書に『アメリカ文学案内』、翻訳書にソーントン・ワイルダーの『危機一髪』『結婚仲介人』、アリエル・ドーフマンの『谷間の女たち』『世界で最も乾いた土地』、J・バーグマンの『黒人差別とアメリカ公民権運動:名もなき人々の戦いの記録』など。新国立劇場では今回のミラー『るつぼ』のほか、ドーフマンの『THE OTHER SIDE/線の向こう側』、ワイルダーの『わが町』の翻訳を手がけている。

黒川 陽子(くろかわ・ようこ)
1983年、栃木県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、早稲田大学文学研究科修士課程に進む。学部・修士ともにアーサー・ミラーを研究。修士論文では「アーサー・ミラーと<笑う>1920年代」のタイトルで、ミラーの作品における「笑い声」の独特の位置づけについて分析する。また、2007年に『ハルメリ』で第13回劇作家協会新人戯曲賞を受賞。2008年より劇作家として活動し、青年団リンク・サラダボールをはじめ、複数の劇団に戯曲を提供している。現在、劇団劇作家に所属。

「ミラー・アメリカ・20世紀、そして21世紀」
アーサー・ミラー(1915-2005)

◆1 『セールスマンの死』(1949)トニー賞、ピューリッツァー賞
ベン/ウィリー・ローマン - リンダ   チャーリー
ビフ ハッピー バーナード

◇1-1 ミラーの扱っている問題  表層(社会的側面)
・資本主義の問題:都市化、セールス、ローン、物質⇒個人への重圧⇒Willyの浮気☛ないことに

1-a 1幕冒頭のト書き
私たちの前にあるのは、セールスマンの家。その背後に角ばった形(のビル)が、取り囲むように、いくつもそびえ立っている。空から青い光がその家と前舞台だけに降り注ぎ、その周囲に恐ろしいようなオレンジ色の光。

1-b ハッピー:一体全体、何のために働いているのか、わからないんだ。時々アパートの部屋にすわって、-一人でさ。払っている家賃のこととか考えると、バカらしくて。でもずっと俺が欲しかったのはそれなんだよ。自分の部屋とか、車、それに女たち。それなのに、クソッ、わびしいんだよ(I’m lonely)。

1-c ウィリー:とてもわびしくなってしまって(I get so lonely)- 特に仕事がうまくいかなくて、話す相手がいないときは。もう何かを売るなんてやるもんか、おまえのために稼ぐのも、仕事とか、子どもたちのために仕事なんかやるもんかって気になる。

◇1-2 ミラーの扱っている問題  中層(日常生活的側面)
・様々なイメージの浸食  広告(1920年代)
・「何者か」になる夢(中産階級) ⇒ 私ではない何か  ☛  現実否認
・「男らしさ」のイメージ
言葉による現実の捏造

1-d ウィリー:支払いはどのくらい?
リンダ:ええと、月初めに冷蔵庫に16ドルー
ウィリー:16ドル?
リンダ:ええ、ファンベルトがダメになったから、その分が1ドル80。
ウィリー:ありゃ買ったばかりだろ。
リンダ:ええ、でもそういうもんなんですって。最初のうちは。
ウィリー:だまされてるんじゃないよな。
リンダ:だって一番大きな広告を出してたんですよ。
ウィリー:そうだな、いい物なんだよ。

1-e ビフ:親父は何年も笑われてきたんだよ、わかるだろ、なぜか。オレたちはこんな精神病院みたいな町の人間じゃないからだよ! どっか、広い表でセメントこねてるべきなんだよ、でなかったらー大工とか。

1-f ビフ:オレは今日、ペンを握って11階を駆け下りた。そして突然立ち止まったんだ、聞いているのか?そのオフィス・ビルの真ん中で、わかるか?そのビルの真ん中で立ち止まった、そして見たんだー空を。そしたらこの世界で好きなものが見えた。働くこと、食べ物、すわって煙草を吸うとき。そして握っているペンを見て、つぶやいたよ、一体なんだってこんなものを握ってるのかって。なんでなりたくもないものになろうとしているんだ、オレは?こんなオフィスの中で、何やっているんだ、いやしい乞食みたいなことをやって、欲しいものは全部外にあって、オレを待ってるっていうのに、自分が何者かわかったって言うのを! なぜそれを言っちゃいけないんだ?

1-g ウィリー:そこだ、いつも言っているのは、バーナードは学校じゃいい成績かもしれんが、ビジネスの世界に出てみろ、おまえは奴の五倍も先を行くだろう。それだよ、オレが神様に感謝しているのは、おまえたちがアドニスみたいに美青年だってことをさ。ビジネスの世界じゃ見た目のいい男が、人の興味を引き付けるような男が先頭に立つんだ。好かれてりゃ、困ることはない。オレがいい例だ。バイヤーんとこへ行ったって、待たされたことはない。「ウィリー・ローマンが来たぞ!」その一言で、サーッと入って行ける。
ビフ:ガツンってやったの?(Did you Knock dead,Dad?)
ウィリー:プロヴィデンスじゃガツンと、ボストンじゃ徹底的にやってやった。(Knocked’em cold in Providence,slaughtered’em in Boston.)

1-h ベンのイメージ:「じゃyングルに入ったとき、オレは17だった。出てきたのは21のときで、金持ちになってた。」

◇1-3 ミラーの扱っている問題 深層(個人の内面)
・現実を見なかったWilly
・そのWillyに育てられたBiff ⇒ 「私とは何者なのか」

1-i ビフ: 「今日オレは気がついたんだよ、自分のことで、それをあんたに説明したかった。」
「いいか、あんたは本当のオレをみようともしなかった、それで議論してどうなるって言うんだ?」
「さぁ、これから聞かせてやろう、あんたがどんな人間か、オレがどんな人間か!」
「この家じゃ、10分と本当の話をしたこと、ないじゃないか!」

1-j ビフ:オレはひと山10セントの人間なんだよ、あんただって同じだ!
ウィリー:オレは一山10セントじゃない! オレはウィリー・ローマンだ、あまえはビフ・ローマンだろ!

1-k ビフ:オレは何でもない! 何でもない人間なんだよ。(I’m nothing)わからないのか?
ここに悪意なんかない。オレはこのままのオレでしかない、ただそれだけだ。

1-l ビフ:親父は自分がどんな人間か一度もわかっていなかった。
チャーリー:誰もこの人を非難することはできない。君はわかってないんだ、ウィリーはセールスマンだったんだよ。セールスマンには人生の基盤なんてないんだ。ボルトをナットにはめるわけじゃないし、法を説くわけでも、薬をくれるわけでもない。笑顔とピカピカの靴だけが頼りで、空のずっとむこうに漂っている。だから微笑み返されなかったらー一大事だ。それに帽子に染みでもつけようもんなら、一巻の終わりさ。だから誰もこの人を責めることはできない。セールスマンは夢を見なくちゃいけないんだよ。夢がつきものなんだ。

ハッピー:オレはそんなに簡単には負けないよ。オレはこの町にとどまる。そしてやってやる。ローマン・ブラザーズさ!
ビフ:オレは自分が誰だかわかってる。

ウィリーとビフに共通する「私」の要素 ⇒ 自然・肉体労働 ⇒ 現実

◆2 『るつぼ」
略

◆3 ミラーの描いた20世紀の一側面
・イメージ(≠現実)による空気感染 による 現実否認 と 実在

ミラーのこのような問題意識は、後期の作品にも見られるのか?

◆4 ミラーの60年代以降の問題意識
略

◆5 『モーガン山下り』(1991年) (The Ride Down Mt.Morgan)
略

◆6 『演技の終わり』(2004年) (Finishing the Picture)
略 
 

2012年10月9日火曜日

新国立劇場中劇場 演劇講座「リチャード三世の魅力」を聴講する

平成24年10月8日(月・祝)
17:10~18:38
 
マンスリー・プロジェクト 10月
中劇場
 
演劇講座 リチャード三世の魅力
 
講師:小田島雄志(東京大学名誉教授)
    鵜山仁(演出家)
 
演劇講座の目的
シェイクスピアの作品中、珍しく仇役の主人公であるリチャード三世は、悪役にもかかわらず、数多ある登場人物の中でも抜群の人気を誇る。観客、演者双方惹き付けて止まない、その魅力の秘密に、シェイクスピアを愛する二人が迫る。
 
本来は、17時スタートの予定が、中劇場で直前に行われている公演が16時40分終演のため、10分遅れでスタート。熱心なファンが多数集まる。
最初、宮田慶子芸術監督の挨拶で始まる。
講師の小田島雄志さんと鵜山仁さんを紹介。小田島さんが杖をついて、左の眉の付近に絆創膏が。大変そうな雰囲気。どうしたのか気になる。本人よりおととい転倒し救急車に乗ったため、今日大丈夫か不安だったと報告あり。お年だから気を付けてください。話が聞けて良かった。
宮田さんは、現在、10月29日開演の「るつぼ」の稽古中とのことで、制作部の三崎力さんに司会を変わる。
最初に小田島さんより、1から分かるリチャード三世について説明を受ける。100年戦争、薔薇戦争。話始めると止まらない。約30分話し続けて45分まで話す。シェイクスピアの歴史劇の説明とランカスター家とヨーク家の系図を材料に話してくれる。
本当は15分程度の予定だったらしい。
・リチャード三世の魅力
小田島:悪役の主人公はリチャード三世とマクベス。悪役の魅力、最後に泣く人もいるほど魅力たっぷり、芝居っけたっぷり、愛嬌がある、人間の魅力。
鵜山:最初は普通に考えていたが、リチャード三世は劇場的な動き、筋書きを描きながら次第にそのようにならなくなってくる。裏切られる→劇場に裏切られる→最後までお客とキャッチボールする。かくありたいと夢見る人。現実の自分を乗り越える、乗り越えようとする、人間とか人生とかを。
50分頃、突然サプライズで主役リチャード三世を演じる岡本健一が登場。
・この役の魅力
岡本:本が面白い。筋書きをさらけ出し、皆と時間を共有する。1590~1592年に上演した芝居を今やっているということが素晴らしいこと。
小田島:豊臣秀吉の頃だ。歌舞伎ももう少し後から。
ーーー
鵜山:初日に池辺晋一郎さんが観てくれて、かなり珍しいリチャード三世。リチャードがアルカリ性(酸性ではない)。
小田島:仲代、山崎→悪党というイメージを植え付けた。本当はリチャード三世は30過ぎに死んでいる。
三崎:リチャード三世の遺骨かもしれない骨が出てきた。現在調査中。10月2日はリチャード三世の誕生日。
鵜山:岡本さんありきのリチャード三世。ヘンリー六世の2部の終わりに出てきてオーバー・ザ・レインボーをテーマソングにした。(著作権の関係でお金がかかる)。虹の向こうに夢を語る。今回最後に夢を見る。(今回の音楽は「子供の情景」)。岡本さんをみているとそうなる。
小田島:シェイクスピアの悪役はリアリスト。岡本さんはロマンチスト。お客さんを味方につけている。
岡本:悪役には多面性がある。バッキンガムを利用している。
小田島:主人公が独白からスタートする劇はこれだけ。シェイクスピアはまだ若かった(20代)。悪党宣言→筋書きが出来ている→芝居させる(劇作家・演出家・役者)
女性=呪う人 訳しながらいやになって省いて欲しいと思っていたが実際舞台を見てみると立体的になる。呪いが亭主自慢や子供自慢になっている。
 
ここから質問時間になった。
何人か質問したが、
困った人:湯島から来た●●と話し始めた高齢者。いやな予感がしたら自分の経歴などを長々と話し始める。何を質問したいのか不明。典型的な老人の自慢話。困ったものだ。
良かった人:最後に質問した近くに座っていた若い女性。短い質問を3人にそれぞれすることにより的確な回答を引きだし締まった。
 
気になった回答:
舞台装置について
鵜山:時間は流れて行く→最後は皆死んでいく→長い時間の中で何もない景色
実際、講演終了後舞台を触ってみたら本当に砂が敷き詰められていた。びっくり。
小田島:シェイクスピアが20代で書いている。ハムレットは37歳頃。心の中までは書いていない時期。リチャード三世は例外的。ヘンリー六世には魅力的な人物が出てこない。歴史が主役となっている。歴史はグランド・メカニズム。巨大な機械の歯車が王。歴史の流れの中で観られる。リチャード三世は魅力的。仲代とか山崎が演じると90%はリチャード三世がなってしまう。鵜山演出は背後に歴史が流れている、厚みのある芝居になった。
岡本:最後の方はセリフを覚える気がしなかった。死に向かっていくので。
小田島:翻訳は7年間で37本訳した。自分のことをどのように呼ぶか。英語だと、I、Youだけ。日本語だと人称代名詞。固有名詞・・・人間関係をどのように表現するか。
鵜山:70年代に若い小田島演劇を良く観ていた。
岡本:色々な役者がいるが、小田島さんはリズムが良い。会話として成り立っている。ダジャレが素晴らしい。
18:38終了
 

 
杉並区荻窪界隈
教会通りを通っていたら
「ラベイユ グテ」閉店のお知らせ
近くの本店に併合されたらしい
 

オペラシティ
ヘブンアーティストの演奏
 

マンスリー・プロジェクト演劇講座
リチャード三世の魅力
案内
 

舞台を間近に見た
 

2012年7月7日土曜日

新国立劇場小劇場にて 演劇講座「ハロルド・ピンターの世界」を受講

平成24年7月7日(土)
七夕だが雨模様
今日は新国立劇場小劇場で
17:00~18:40
演劇講座
ハロルド・ピンターの世界
講師:喜志哲雄(京都大学名誉教授)

現実の捉え方と言葉の使い方において古いリアリズムを乗り越えた
ハロルド・ピンター。彼は現実を説明のつくものとは考えていないし、
彼の戯曲の言葉は、ただある事実なり思考なりを伝達するだけのものでは
ないということを、実際に作品を読みながら考える。


参考資料として読まれたのは・・・
1.ハロルド・ピンター(1930~2008)『誕生日のパーティ』(1958年初演)

2.『マンチェスター・ガーディアン』・・・『誕生日のパーティ』批評

3.『誕生日のパーティ』第1幕冒頭よりーーー

4.J.B.プリーストリー(1894~1984)『警部来訪』
(『夜の訪問者』)(1946年初演)第1幕冒頭より
旧リアリズムの象徴として読む

5.ハロルド・ピンター『背信』(1978年初演)あらすじー

6.『背信』第1場冒頭より


非常に具体的に読み込みによりハロルド・ピンターの素晴らしさを説明してもらえた
ありがたい時間を過ごせた

<講師プロフィール>
喜志哲雄(きし・てつお)
1935年生まれ。西宮市出身。58年京都大学文学部卒業。60年コロンビア大学大学院入学、64年京都大学大学院修了。現在京都大学名誉教授。
著書に『ミュージカルが《最高》であった頃』『喜劇の手法』『シェイクスピアのたくらみ』『劇作家ハロルド・ピンター』のほか、訳書としてピーター・ブルック著『秘密は何もない』、ハロルド・ピンター著『ハロルド・ピンター Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』『何も起こりはしなかった』ほか多数。
2010年『シェイクスピアのたくらみ』でAICT(国際演劇評論家協会)演劇評論賞受賞。

最初と最後に演劇監督の宮田慶子が挨拶。




新宿駅西口のビック・カメラの前でびっくりしたこと
小澤一郎を総理大臣に
という署名運動を大量動員で行っていたこと
「減税反対」「反原発」をスローガンに
国民のためになることを言っているのだから
大悪人と思われていることは忘れて
総理大臣にしてほしいということを叫んでいた
減税しないでどうするのか・・・これから日本をどうするのか
反原発・・・エネルギー政策をどうするのか、燃料費の高騰で
国民生活はどうなるのか
などには何も説明なく
小澤一郎の個人的野望のために全精力を傾けている
本当にお金があるのだなと思われる
70歳の老害政治家があせっているのかな



オペラシティ‐の1階に新店舗が進出


マンスリー・プロジェクト
演劇講座
ハロルド・ピンターの世界
の案内表示


2012年6月10日日曜日

新国立劇場 演劇講座 『サロメ』でワイルドは何を描きたかったのか? 講師:平野啓一郎(作家)

平成24年6月9日(土)
17:00~18:30
新国立劇場
マンスリー・プロジェクト6月
中劇場

演劇講座
『サロメ』でワイルドは何を描きたかったのか?
講師:平野啓一郎(作家)



これまで気がつかなったけれど
中劇場ホワイエに舞台装置の模型が置いてあった


急遽開催される
『サロメ』
演出家・宮本亜門によるスペシャルトーク
開催のお知らせに
特別ゲスト:成河 トーク参加決定
のお知らせが
21時スタートが凄い
1時間としても22時までだが
あれだけしゃべる亜門さん
(成河さんもこの前良くしゃべった)
どうなることやら


中劇場
舞台の真ん中に席がセッティングされている



今日の講座の案内は
「『サロメ』は、オスカー・ワイルドの代表作であるばかりでなく、19世紀末のヨーロッパの嚆矢として、今も多くの人に愛されています。今回の新国立劇場・演劇『サロメ』上演にあたり、原文のフランス語を新しく翻訳なさった平野啓一郎氏が、新訳を通じて再発見したワイルド自身が抱いたサロメ像について多角的に論じます」となっていた。

<講師プロフィール>
平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)
京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した「日蝕」により第120回芥川賞を受賞。以後、2002年発表の大長編「葬送」をはじめ、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。
主な著書に「一月物語」「高瀬川」「滴り落ちる時計たちの波紋」「頭のない裸体たち」「あなたが、いなかった、あなた」「決壊」「モノローグ(エッセイ集)」「ディアローグ(対談集)」「小説の読み方 感想が語れる着眼点」「ドーン」「かたちだけの愛」。11年9月より「モーニング」にて長編小説「空白を満たしなさい」を連載中。
ほかの受賞歴に平成12年度第18回京都府文化賞 奨励賞、「決壊」にて08年第59回芸術選奨文部科学大臣新人賞、「ドーン」にて09年第19回ドゥマゴ文学賞受賞など。
戯曲の翻訳は今回が初めて。

まず最初に芸術監督の宮田慶子氏が挨拶と平野啓一郎氏の紹介。
平野啓一郎氏の喋りが約1時間強、次にフランス語の原典、英語訳、森鴎外訳、日夏耿之介訳、西村幸次訳、福田恒存訳の一部箇所の朗読が約10分、質疑応答が約10分の配分で行われた。
最後に宮田慶子氏がまとめて終了。

以前に音楽をやっていないのにブルーノートの舞台に立ったことがあるが、芝居をやっていないのに新国立劇場の舞台に立ったのをこれから自慢にしたい。
『サロメ』は上演時間が短いゆえにあまり上演されていない。今回約100分の芝居となったが現代にはあっているのではないか。今こらえ性が無くなっているので丁度良いのでは。稽古から見てきて本番を見るのは2度目。

講演の主要な内容は
今回の翻訳により出版された『サロメ』(光文社古典新訳文庫)の訳者あとがきに殆ど同じ。
その夜、ヘロデの宮殿で何が起こっていたか?
1.1995年の《サロメ》in京都
オスカー・ワイルドとの出会いは、谷崎・三島経由で、愛読していた彼らが愛読していた作家というので、読む前からもう、好きに違いないと思っていて、読んでやっぱり好きになった。
ワイルド熱が最も高まったのは大学時代だが、殊に、1995年に《サロメ》を読んだことは、強く記憶に残っている。大学に入りたては、幻想的で、耽美的な世界に強く心惹かれていた。世はバブル崩壊の閉塞感に喘いでおり、95年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件は、更に決定的な追い打ちをかけた。今のようにネットがあるわけでもなく、みんな押し黙ったまま、「世紀末」という言葉に不気味なリアリティを感じていた。ワイルドを読んでいたのは、そういう雰囲気の中だった。《サロメ》に限定して言うと、大学入学直後の94年に、ビアズリーの挿絵が欲しくて、岩波文庫の福田恆存訳を買っている。妙な符号だが、講談社文芸文庫から日夏耿之介訳の《ポオ詩集・サロメ》が刊行されたのが良く95年で、西村訳、福田訳に親しんでいた私は、その神韻縹渺たる翻訳世界にショックを受けた。三島の影響下でワイルドを知った私は、彼の《オスカア・ワイルド論》から既に半世紀近くが経っているのに、依然としてピアズリーの挿絵だとか、日夏耿之介訳だとかに取り囲まれていた。その変わらなさにこそ、今回、新訳が求められた理由があった。
1.翻訳文化の時間
私の読書は、ひたすら文庫だったが、そんなふうにして読んでいた海外の翻訳文学は、まだかなりのものが、旧字仮名遣いの蒼古とした文体だった。翻訳作品が現代の読者から遅れ始め、遠ざかり始めたならば、新訳を考える時機である。今回、私に《サロメ》の新訳を依頼したのは、演出家の宮本亜門氏である。新しい舞台のために、どうしても旧訳では難しいという宮本氏の判断を、私は尤もだと感じた。《サロメ》の原作には、元々、ただ一つの“昔”しかなかった。ワイルドがこの作品を書いた十九世紀末には、その“昔”とは、作品の舞台となっている古代オリエントである。ところが、更に時を経ると、ワイルドが生きていたその世紀末自体が、もう一つの“昔”になって、作品は二重の“昔”を帯びることになった。そして、特異な日夏訳を除くとしても、西村訳、福田訳のいずれもが、古風な数十年前の日本語になってしまい、原作に更に余計な三つ目の“昔”を加えている。この三つ目の“昔”を更新すべきであろう。
翻訳を引き受けた時、考えていたのは、飽くまで文体のことだった。新訳では、そもそもワイルドが何を表現したかったかに集中することにした。
3.その夜、ヘロデの宮殿で何が起きていたのか?
《サロメ》で取り上げられているのは、洗礼者ヨハネ(ヨカナーン)が、ヘロデ・アンティパスの命により、斬首されてしまったという、<マルコによる福音書><マタイによる福音書>を出典とする事件である。《サロメ》は、血なまぐさい、ショッキングなシーンをクライマックスに据えているが、全篇は、その謎を解き明かすための緊迫した心理劇となっている。その中心をなすのは、勿論、サロメである。ワイルドのサロメは、少女的で、愛らしい。強いて言えば、純真である。サロメは、自分の置かれている環境のすべてに倦んでいる。彼女が舞台に登場する際の、最初の最も重要な台詞は、「これ以上、あんなところにいられないわ。もうたくさん。」である。彼女はヨカナーンの存在に魅了される。「恋」をする。なぜなら、キリストの到来を告げ、神の言葉を語る彼もまた、「この世」を否定する「純潔」な人間だからである。自己紹介に始まるサロメのヨカナーンへのアプローチは、無邪気そのものである。ところが、それに対するヨカナーンの反応は、苛烈を極めている。一切を拒絶してしまう。サロメは決して、単に純真であるわけではない。しかし、よく誤解されているような淫婦でもない。純真であるにも拘らず、まったく身に覚えのない淫婦性を母から受け継いでしまっている。生まれながらにして、バビロン的なるものを帯びさせられている。ワイルドは一体、何を問題にしているのか?-そう、原罪である。ヨカナーンがサロメに、未然であるはずの「罪の赦し」を迫るのは、性の言説化を戦略の中心に据え、「告白」を制度化して権力関係を構築してゆく、この後の教会の預言的実行となっている。ワイルドは、「我らヴィクトリア朝の人間」たるサロメを創造したのである。
サロメは、最後には恐ろしい残酷さを発揮する。それが不気味であるのは、彼女が無邪気であるからに外ならない。彼女がヨカナーンの首を求めるのは、ただその口唇にキスがしたいからである。それは、ヨカナーンにどうしても会いたいという、彼女の最初のささやかなわがままの延長上にある。ヨカナーンを殺すというその罪によって、ヨカナーンの彼女に纏わる預言は、アイロニカルに成就する。そして、今度こそ、彼女自身が罪を認め、償い得たかもしれないまさにその時に、それを赦さないのが、イエスではなく、「この世」の象徴たるヘロデである、という結末には、ワイルド自身の後の投獄を預言するかのような、もう一つのアイロニーがある。
4.翻訳について
《サロメ》の原作は、実は英語ではなく、フランス語で書かれている。私の野心は、日本語の《サロメ》そのものを更新し、新しい時代のスタンダードな翻訳を作りたい、というところにあり、そうなると、謙虚なのか不遜なのかはわからないが、いずれにしろ、虚心に取り組んだ。従って、翻訳は極力原作に忠実に、曲げて訳したり、逆に日本語としてこなれすぎて別の話にしてしまう、ということを避けた。

2012年1月15日日曜日

演劇講座 シリーズ「日本の劇」Ⅴ 「否定のエネルギーが生み出したもの」

平成24年1月13日(金)

新国立劇場
マンスリー・プロジェクト 2012年1月
18:30~20:30
オペラパレスホワイエ


演劇講座 シリーズ「日本の劇」Ⅴ
「否定のエネルギーが生み出したもの」


講師:ふじたあさや(劇作家・演出家・昭和音楽大学客員教授)
ゲスト:流山児祥 (演出家・劇作家・俳優)


新劇を否定し、演劇の新しい地平を目指す、60年代の演劇革命。
後にアングラという言葉でくくられることになる彼らの試みは、破壊のエネルギー
に満ち満ちていた。彼らは何を破壊し、何を受け継ぎ、何を生み出したのか?


プロフィール
ふじたあさや
1934年、東京生まれ。早稲田大学文学部演劇科在学中に『富士山麓』(福田善之合作)で劇作家デビュー。新劇、児童劇、ミュージカル、オペラ等で劇作家・演出家として活躍。劇作の代表作『日本の教育 1960』『さんしょう太夫』(斉田戯曲賞受賞)等、脚本演出の代表作「しのだづま考』(芸術祭賞受賞)『ねこはしる』(脚色)等、演出の代表作『うたよみざる』(芸術祭賞受賞)『羽衣』等がある。各地の地域演劇に貢献、ロシア、中国、韓国等でコラボレーションを経験。また、演劇関係諸団体役員を歴任。現在NPO法人KAWASAKIアーツ理事長。昭和音楽大学客員教授。川崎市文化賞受賞。
流山児祥(りゅうざんじ しょう)
流山児★事務所代表。演出家・劇作家・俳優。日本演出家協会副理事長。
1947年生まれ。状況劇場、早稲田小劇場を経て、1970年「演劇団」を旗揚げ、1984年小劇場界の横断的活動を目指すプロデュース劇団「流山児★事務所」を設立。“第二次小劇場世代”のリーダーとして30余年を疾走し、演出作品は前人未到の250本に迫る。数多くの話題作を国内外で演出し、国際的に高い評価を得る。最近は中高年劇団=楽塾、高齢者劇団=パラダイス一座による「シルバー演劇革命」を実践し話題を集める。「演劇の持つ自由さを追い求め「世界」を飛び廻る「アングラの帝王」」。


Ⅴ 否定のエネルギーが生み出したもの


●明治以来現代劇を確立しようと努力してきて、ようやく市民権を得るところまできたのが、1960年代。達成したことの一つは「リアリティーの確立」、一つは「経済的自立」。それは<マスコミへの依存><労演などの鑑賞組織への依存>によって得られたものだが、それは同時にある種の退廃をもたらした。会員が増えるようなレパートリーを要求されれば、定評のある作品の再演に走る、マスコミで売れるスターの実演に走る、実験的な作品よりは大衆的な支持の得られる作品に走る、おまけに到達したはずのリアリティーは<何々的リアリズム>というまがいものだった。それが新劇なら、新劇なんて打倒するべきものだと考える人が出てきても当然だった。
●露払いの役割をしたのが、民芸から生まれた「青芸」と結びついた福田善之、観世栄夫、林光らの活動、ぶどうの会の否定的な発展といえる「変身」での竹内敏晴の活動、NHKが生みの親である「三十人会」によってたった秋浜悟史、ふじたあさやの活動。でもこの段階で彼らは、新劇の枠組みのなかで批判的な動きをしていたに過ぎない。
●それが突き進んで、新劇そのものを否定する、新劇の体制そのものに異議申し立てをする動きを示したのが、アングラ四天王と言われた人たち。唐十郎、佐藤信、鈴木忠志、寺山修司。ちょっと遅れて蜷川幸雄。
●『19歳で佐藤信に出会い20歳で唐十郎に師事し、21歳で鈴木忠志の研究生になり、23歳で寺山修司と出会ったアングラの子ども』流山児祥さんにこの皆さんとの出会いを語っていただこう。


流山児氏トーク

トークの中で触れるか、トーク後ふれたいこと
●彼らは戯曲優位、演出家中心のヒエラルキーを壊した。身体性の復権。言葉からの解放。
●また観客席と舞台が二分した劇場という空間も疑った。どんなところでも演劇はできる。舞台装置も飾れない小さな空間でも芝居はできる。となると演技が変わらざるをえない。街頭まで演劇空間にすればなおさら。
●観客の予想を裏切る展開、ただならなさ、おどろおどろしさ、時にいかがわしくスキャンダルであったりする表現で、観客の日常性をこわす。そこにドラマを見出そうとした。
●演劇の啓蒙性を否定しようとした。
●新劇が持っていた政治性(共産党・社会党寄りの)からの脱却。


サンプルとして見ていただきたいDVD
鈴木忠志『トロイアの女』 寺山修司『レミング』(寺山インタビュー) 清水・蜷川『真情あふれる軽薄さ』


●アングラは現代演劇に何をもたらしたか。新しい観客の拡大にともなって、多様な表現の演劇が可能になった。リアリズムこそが唯一の方法だとする誤った思い込みを払しょくすることができた。新劇が持っていた劇作家・演出家中心のヒエラルキーが相対化された。演劇はどこでもできることが証明された。一面的な政治性から解放された。新劇界内部にも変化が生じた。
●これは演劇革命だったといってよい。
●60年代後半に始まった運動としてのアングラは、70年代後半には終焉する。終焉などしていないという考え方はあるだろう。が、あちらでもこちらでも同じことを考えていた時代は、その辺で終わる。個々にアングラの志を継いでいるように見える人はいる。流山児さんは多分その一人だろう。